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福岡高等裁判所 昭和55年(行コ)29号 判決 1985年9月26日

控訴人

別紙控訴人目録〔略、阿部國人ほか六〇名〕記載のとおり

右控訴人ら訴訟代理人弁護士

横山茂樹

鈴木紀男

藤原修身

生井重男

鎌形寛之

武子高文

田中巌

福井泰郎

右鈴木紀男訴訟復代理人弁護士

石井将

被控訴人

長崎県知事 高田勇

長崎県教育委員会

右代表者委員長

深松幸吉

右被控訴人ら訴訟代理人弁護士

苑田美穀

秋山昭八

斎藤健

木村憲正

右被控訴人長崎県知事指定代理人

辻良子

一瀬修怡

山道幸雄

山口博泰

宮崎政宣

徳永英機

友川孝祐

浜田雅昭

沢水清明

被控訴人長崎県教育委員会指定代理人

鴨川弘

中村重徳

梅田和郎

石田直

田中哲人

加藤純

右当事者間の懲戒処分取消請求控訴事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  原判決中控訴人本多利久、同松尾隆藤、同島尾保に関する部分を取り消す。

二  被控訴人長崎県知事が昭和四一年一二月二一日になした控訴人本多利久、同松尾隆藤に対する減給一〇分の一、一か月の処分、同島尾保に対する戒告処分を取り消す。

三  その余の控訴人らの控訴を棄却する。

四  控訴人本多利久、同松尾隆藤、同島尾保と被控訴人長崎県知事間に生じた訴訟費用は第一、二審とも同被控訴人の負担とし、その余の控訴人らの控訴によって生じた控訴費用は同控訴人らの負担とする。

事実

控訴人らは、「原判決を取り消す。被控訴人長崎県知事が昭和四一年一二月二一日になした控訴人阿部國人に対する停職三か月、同林田正幸に対する減給一〇分の一、二か月、同村上任、同吉井研介、同川村好德、同松本和孝、同大石武彦、同西山俊行、同多田章、同山中次郎作、同土谷仁、同水野尾武成、同東原弘泰、同田端市郎、同森崎幹、同森田知隆、同北浦祐三、同松尾隆藤、同中尾稔昭、同山内敏生、同沢村壽三郎、同佐藤清、同北浦一雄、同井口元一、同浜崎満安、同小森勝人、同西村利幸、同本多利久に対する減給一〇分の一、一か月、上記控訴人ら及び控訴人城戸智恵弘を除くその余の控訴人らに対する戒告、被控訴人長崎県教育委員会が同日になした控訴人城戸智恵弘に対する停職一か月の各処分を取り消す。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴人らは、「本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。

当事者双方の主張及び証拠関係は、証拠として、本件記録中当審における書証目録、証人等目録を引用する外は、原判決事実摘示中控訴人らに関する部分と同一であるので、これを引用する。

理由

当裁判所は、被控訴人の本案前の抗弁は、理由がなく、控訴人本多利久、同松尾隆藤、向島尾保の本訴請求は正当としてこれを認容し、その余の控訴人らの請求はこれを棄却すべきものと認定判断するが、その理由は、次に付加、訂正する外は、原判決理由説示中控訴人らに関する部分と同一であるので、これを引用する。

一  原判決五九枚目裏五行目の「乙第二五号証の一ないし四」の次に「及び当審証人長善治の証言及びこれにより真正に成立したものと認められる乙第五九号証」を加える。

二  同六〇枚目裏八行目の「証人鳥海喜重郎」を「乙第五九号証、原審証人鳥海喜重郎、同長善治の証言」と改める。

三  同六二枚目表六行目の次行に次のとおり加える。

「右控訴人(原審において)及び控訴人土谷仁(当審において)は、一〇月二〇日夕刻の県職組壱岐支部と壱岐支庁当局との交渉の際、支部長であった控訴人土谷は、翌日の争議行為当日はピケッティングは張らないとの意向を表明したし、右控訴人らや控訴人中尾稔昭、同山内敏生、同川野浩一、同岡部義朗、同立石吉一、同長谷川資洋ら壱岐支部役員が争議行為当日、一般職員より早く壱岐支庁構内に赴いたのは、同支庁前庭で行われる予定の職場集会の準備のためであって、ピケッティングを張るためではなく、また現に張っていない旨供述する。

1  しかしながら、成立に争いのない(証拠略)によれば、県職組本部では予め争議行為当日、本庁や出先の総合庁舎において職場集会を開催し、右集会を開く庁舎においてはピケッティングを張る戦術を決定していたことが認められるので、壱岐支部でも右決定に副う戦術をとる予定であったものと推認されるところ、控訴人土谷が壱岐支庁当局との交渉に際し、ピケッティングは張らない意向を表明するためには、予め戦術転換につき壱岐支部の何らかの機関決定がなされるのが通常と解されるところ、何時どのような形でそれがなされたか明らかではないこと(前記控訴人らの供述によれば前記交渉に出席したのは控訴人土谷の外本部執行委員であった控訴人多田、副支部長であった控訴人中尾の三人のみであったと認められるところ、右三人のみで右交渉の席上黙示の協議決定をしたとみるのも不自然である。)、

2  (証拠略)を総合すると、壱岐支庁当局は、総務部人事課の指導に基き、争議行為当日はピケッティングが張られることが予測されるので、混乱を起さないため、当日の一般職員の出勤場所を予め定めた支庁構内外の特定の場所と指定し、出勤時刻である午前八時三〇分までに指定場所に出頭した者を出勤扱いにする措置を定めていたが、前記支部役員との交渉の後、急拠出(ママ)勤場所を支庁構内で庁舎外の特定の場所に変更したことが認められるところ、右のように、出勤場所を変更したのは、前記支部との交渉における支部側の発言が、当局が一般職員の出勤場所を支庁構内外に指定したのは挑発行為であるとし、当局がそのような措置を改めない限り、支部としては、支部役員のみで行う予定であったピケッティングを、地区労の支援を要請して強化せざるを得ないというものであったので、当局が右のような事態による混乱をおそれて再考したためであったと認めるのが相当であること、

3  また、前記2掲記の証拠によると、争議行為当日は午前七時三〇分ころから、控訴人多田、同土谷、同中尾、支部書記長であった控訴人山内は庁舎正面の玄関付近に、いずれも支部執行委員であった控訴人長谷川、同岡部は耕地課の使用する本館構の(ママ)別館の表出入口の前に、いずれも支部執行委員であった控訴人立石、同川野は職場集会の開催予定の庁舎前庭から離れた庁舎の裏出入口付近に立っていたが、県職組が予めピケッティングによる入庁阻止の対象から除外していた上領支庁長ら管理職員以外の一般職員は、支庁構内の指定場所付近にたむろして庁舎に入ろうとしなかったため、説得活動等は行われないまま午前八時四五分ごろまで経過し、そのころから前記控訴人らも庁舎前庭に移動し、構内にいた職員に向って控訴人多田や控訴人土谷らが、人事院勧告の完全実施等の県職組の要求を獲得しようなどとあいさつし、構内の指定場所にたむろしていた一般職員の中には移動して控訴人らの周囲に集まる者もあり、結局支庁の職員ではない控訴人多田を除くその余の控訴人らや一般職員が庁舎に入り執務を開始したのは午前九時二二分ないし二五分であったことが認められる。

4  右のようないきさつで、当日はピケッティング本来の目的である説得活動はなされないまま終ったけれども、それは当日の一般職員の出勤場所を支庁構内の庁舎外の一定の場所と定めた支庁当局の措置がなされたためであり、前記控訴人らが出勤時刻経過後である午前八時四五分ごろまで立っていた場所は庁舎の出入口付近に集中していたものとみるべきである。

以上の事実に対比すれば、控訴人多田、同土谷の前記供述は採用し難く、前記控訴人らが争議行為当日壱岐支庁においてピケッティングを張ったとする被控訴人長崎県知事の主張は充分認定できるところである。」

四  同六二枚目裏一行目の次行に次のとおり加える。

「控訴人森田知隆は当審において、同控訴人は争議行為当日おそくとも午前八時ごろから控訴人川村好德、同北浦祐三、同木村靖、同宮崎大一郎、同安永正美らとともに同事務所前に立っていたが、管理職員以外に出勤して来る者がなかったため、何事もなく、本来の出勤時刻の午前八時三〇分より前である午前八時二五分ごろには右控訴人ら全員が同所を離れて職場集会が行われる予定の寿福寺に赴いたので、ピケッティングに加わったことにならない旨供述する。

しかしながら、(証拠略)を総合すると、当日のピケッティングの主たる目的は、県職組が特定の管理職員以外の一般職員が同盟罷業から脱落して平常どおり出勤するのを防止することにあったこと、当日支援労組員もピケッティングに加わっていたこと、同事務所前で阻止行動等が行われないまま終ったのは、同事務所当局がピケッティングに備えて、管理職員や一般職員二三名の出勤場所を、当日に限り同事務所外の特定の場所として同事務所から約二〇〇メートル離れた音楽堂を予め指定していて(もっとも右場所に集まった管理職員は二名にすぎなかった。)、定刻までに同事務所に出勤したのは管理職員のみであったためであって、若し右のような措置がとられず、一般職員が平常どおり出勤したならば、説得等の阻止行動がとられる可能性が充分あったこと、前記控訴人らが寿福寺に赴いた後も午前九時一五分ごろまで支援労組員によるピケッティングが張られていたことが認められるところである。

右のとおりであって、右控訴人らが午前八時二五分同事務所を立去ったとしても、県職組が本件争議行為当日予定していたピケッティングは、その目的からみて一般職員の出勤時刻である午前八時三〇分まででその使命の主要な部分は終了するものであったというべきであり、また、同事務所においてピケッティング本来の目的である一般職員に対する説得活動等がなされないまま終ったとしても、それは前記のような同事務所当局の措置に起因するものであったとみられる以上、控訴人川村の行動が控訴人森田知隆の供述どおりであったとしても、同控訴人の所為をピケッティング参加と目することに何らの支障はないものというべきである。」

五  同六二枚目裏末行の次行に次のとおり加える。

「(証拠略)によれば、五島支庁の正面玄関は相当広く、しかも同所に立っていたのは同控訴人と控訴人平田市郎の二人にすぎなかった上、スクラムを組むなどの行為にも出ておらず、物理的には何人も右控訴人らの妨害を受けないで庁舎に入ることのできる状況にあり、現に午前八時ごろ出勤した姫野五島支庁長は何らの妨害を受けなかったこと、右控訴人ら及び同庁裏玄関付近に立っていた控訴人森崎幹外一名の支部役員は午前八時三〇分ごろには同庁隣の福江市役所前広場で行われる予定の職場集会に参加するため現場を離れ、このためその後は五島支庁の出入口はがら空きの状態になったことが認められる。

しかしながら、(証拠略)を併せると、当日前記控訴人らが五島支庁の正面や裏口の玄関に立っていたのは、同盟罷業から脱落して平常どおり出勤して来る一般職員がないようにするためであったこと、五島支庁当局はピケッティングに備えて、当日に限り、一般職員の出勤場所を予め定めた庁舎外の特定の場所と指定していて、平常どおり出勤した姫野支庁長が妨害を受けることなく庁舎に入ることができたのは、県職組が予めピケッティングによる出勤妨害の対象から外していた管理職員であったためであることが認められる。

以上によると、広い正面玄関前に立っていたのが控訴人田端、同平田の二人であり、裏玄関前に立っていたのが控訴人森崎外一名であったとしても、また同控訴人らが午前八時三〇分以降現場を立去ったとしても、控訴人川村好德につき示したと同一理由により、控訴人田端らがピケッティングを張ったものと認定する妨げとなるものではない。」

六  同六三枚目裏一〇行目の「乙第四二号証」の次に「原審証人永田七治の証言」を加える。

七  同六四枚目表一行目から三行目までを次のとおり改める。

「(証拠略)によると、同控訴人は上司である当時の出納局出納課長である山下から、本件争議行為の翌日である一〇月二二日、前日出勤しなかった理由を尋ねられて、長崎県税事務所に行っていたと答えたことが認められる。

そして、同控訴人が県職組長崎支部の執行委員であったことは当事者間に争いがなく、(人証略)の証言によれば、争議行為当日長崎県税事務所でピケッティングが張られたことは認められるけれども、同控訴人の山下に対する陳述が前記の程度の抽象的なものにすぎず、他に的確な証拠がない以上、同控訴人が長崎県税事務所のピケッティングに加わったとする被控訴人長崎県知事の主張事実は未だこれを認めることができない。」

八  同六四枚目裏九、一〇行目を次のとおり改める。

「(証拠略)によれば、本件争議行為当日諫早総合庁舎正面玄関前でピケッティングが張られたこと、前掲乙第四〇号証及び原審証人中山忠佑の証言によれば、同控訴人が当日右諫早総合庁舎前で行われた職場集会に参加したことは認められるものの、右庁舎正面玄関前に張られたピケッティングに参加したことを認めるに足りる証拠はない。」

九  同六五枚目裏六行目から八行目までを次のとおり改める。

「原審証人川原新三郎の証言及びこれにより成立の認められる乙第四九号証のうち、整肢療育園の事務長である川原が本件争議行為当日午前七時三〇分ごろ出勤した際、同園の前の市道上で支援労組員を主とする数名のピケッティングが張られていたという部分、同園長室前の廊下に同控訴人がいたという部分は同証人が目撃したというものであるから信を措くことができる。

しかしながら、右証拠によれば、同控訴人が右市道上のピケッティングに加わったという部分は伝聞に属するところ、誰からの伝聞であるか必ずしも明らかでない上、右証人の証言によれば、前記乙第四九号証は争議行為の直後同園長名で総務部人事課に報告された争議行為当日の模様の報告書に基き作成されたものであるところ、(証拠略)を総合すれば、右報告書に基き争議行為に参加して職場を離脱したことを理由に訓告処分を受けた同園の職員のうち八名が、右報告書の記載に誤りがあったとして、右処分が取消されたいきさつがあることが認められるところからすると、右報告書のすべてが正確なものとは認め難いところであり、他に右報告書やこれに基き作成された乙第四九号証の記載の正確性を裏付けるに足りる資料が見当らない本件においては、同控訴人がピケッティングに加わったとする被控訴人長崎県知事の主張事実はこれを認めるに由ないものというべきである。」

一〇  同六六枚目表五行目から六六枚目裏三行目までを次のとおり改める。

「(証拠略)を総合すると、控訴人佐藤清は本件争議行為当日の午前八時ごろから午前九時二五分ごろまでの間島原土木事務所において約一二名の者と共に行われたピケッティングに参加したことが認められる。」

一一  同六六枚目裏七行目の「島原土木事務所」を「島原県税事務所」と改める。

一二  同六六枚目裏九行目及び六七枚目表四行目の「財津善章」を「才津善章」と改める。

一三  同六七枚目裏二行目、六七枚目裏一〇行目、六八枚目表二行目、六九枚目裏三行目の次に「その詳細は控訴人川村好德につき述べたところと同様である。」を各加える。

一四  同六七枚目裏三行目から六行目まで及び六九枚目裏四行目から八行目までを次のとおり改める。

「(控訴人松尾隆藤、同島尾保)

被控訴人長崎県知事は、右控訴人両名が争議行為当日佐々療養所正門前においてピケッティングを張った旨及び控訴人島尾が午前八時三〇分から九時二〇分まで争議行為参加のため職務を放棄した旨主張する。

原審証人山崎信雄の証言及びこれにより成立の認められる(証拠略)によると、同療養所では他の部門と異なり、争議行為当日、ピケッティングに備えて職員の出勤場所を療養所外の特定の場所に指定するような措置は講じなかったこと、同療養所事務長である山崎が争議行為当日午前八時一五分ごろ出勤したとき、県職組北松南支部副支部長である控訴人松尾と同療養所分会長である控訴人島尾の両名を含む約一〇名の療養所職員が正門前にたむろするのを目撃したが、入門を阻止されるようなことはなかったこと(もっとも同事務長は県職組が出勤を阻止しないことを予め決めていた管理職員であった。)、同事務長は一旦自席についた後、午前八時二五分ころ、正門前まで赴いて、右控訴人両名に対して、ストはやめて職務につくよう説得したが、右控訴人両名の応ずるところとはならなかったこと、午前八時三〇分ごろになって、正門前停留所にバスが停車し、約二〇名の職員が降りたが、そのまま正門前付近にたむろして門から中に入ろうとしなかったので、療養所建物内からこれを見ていた山崎事務長は、再び正門前に赴き、たむろしている職員に対して、時間だから職務につくように指示したが、これに応ずる者はなく、結局当日午前八時三〇分の定刻に出勤すべき職員中、管理職員を除く四一名の全員が勤務についたのが、午前九時二〇分ないし二五分ごろであったことが認められ、他方控訴人森田知隆の当審における供述によると、本件争議に際し、県職組北松南支部は、北松地区労からのピケッティング要員派遣の申入れに対して、他の場所はともかく、佐々療養所への派遣は断ったことが認められる。

以上のとおりであって、本件争議行為当日、佐々療養所正門前には支援労組員がピケッティング要員として派遣されなかったことは少なくとも明らかであるところ、午前八時一五分ごろ正門前にたむろしていた右控訴人両名を含む約一〇名の職員が、自らピケッティングを張っていたものか、或は右のうちの右控訴人両名以外の職員や午前八時三〇分ごろバスから降りた職員約二〇名が正門前にたむろしていて門から中に入ろうとせず、午前九時二〇分ないし二五分になってようやく執務態勢に入ったのが、ピケッティングに阻まれたためなのか、或は争議行為に参加しようという自主的な判断に基くものなのか、これを判断するための資料は前記認定の事実以外には見出すことができない。

したがって、控訴人島尾が午前八時三〇分から九時二〇分まで職務を放棄した事実は認定できるものの、右控訴人両名がピケッティングを張ったとする被控訴人長崎県知事の主張事実は、これを確認するに足りる証拠がないことになる。」

一五  同六八枚目表五行目の「五島支庁裏玄関前」を「控訴人平田は五島支庁表玄関前、控訴人森崎は同裏玄関前」と改め、同六行目の次に「その詳細は控訴人田端市郎につき述べたところと同様である。」を加える。

一六  同六八枚目裏一〇行目の次に「その詳細は控訴人多田章につき述べたところと同様である。」を加える。

一七  同六八枚目裏末行の「同飯田妙」を「同西島(旧姓飯田)妙」と改める。

一八  同七〇枚目表七、八行目〔後掲一審判決要旨24頁1段18行目〕の「ピケッティングは同項前段にいずれも」を削る。

一九  同七〇枚目裏一行目から七七枚目表一一行目まで〔同24頁1段27行目~26頁2段10行目〕を次のとおり改める。

「地方公務員も自己の労務を提供することにより生活の資を得ており、その経済上の実質的な自由と平等を保障する必要のある点において一般私企業の勤労者と異なるところはないから、憲法二八条の労働基本権の保障は地方公務員にも及ぶものと解すべきである。しかしながら、後に述べるような理由で、地方公務員の労働基本権を制限し、本件の如く争議行為禁止に違反した職員の身分上の責任を問うことは、憲法二八条に違反するものではないと解するのが相当である。

そこで、その理由について検討するに、地方公務員の職務は国民全体の利益と密接な関連を有する公共性を持つものであって、その停廃は国民全体の利益を害し、国民生活に重大な影響を及ぼすか又はその虞れがあるものであるから、公務員の争議行為を禁止し、これに違反した職員に対し身分上の責任を問うことは、これに代る相応の措置を講ずる限り、憲法二八条に違反するものではない。ところで、地方公務員の職務の性質、内容は極めて多種多様であり、その職務の固有の公共性の極めて強いものから、私企業とほとんど変わるところがない公共性の極めて弱いものに至るまで多岐にわたっている。そして、警察、消防その他必要不可欠の職務でその公共性の極めて強い地方公務員について、争議行為を禁止するについて特に異論はないと思われるが、その職務の公共性の極めて弱い地方公務員についても、後記の代償措置を考慮すると、争議行為を禁止されてもやむをえないものと考える。

そして、本件の如き一般行政職員である地方公務員については、その職務の公共性に鑑みると、その代償措置を考慮すると、争議行為を禁止することをもって憲法二八条に違反するものということはできない。

そこで、地方公務員の争議行為の禁止に見合う代償措置についてみるに、地公法は、地方公務員の身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件について詳細な規定を設け、国家公務員の人事院制度に対応するものとして人事委員会又は公平委員会の制度を設け各種の機能を営ましめていて、公務員労働基本権の制約に見合う代償措置を講じている。

ところで、本件は、地方公務員もこれに準じてなされる代償措置としての国家公務員の給与に関する人事院の勧告の完全実施の要求を主たる目的とする争議行為に関するものであるから、右代償措置についてみることにする。

国公法、地公法上、政府ないし地方公共団体の長が、公務員給与に関する人事院ないし人事委員会又は公平委員会の勧告に拘束されるものでないことは控訴人ら主張のとおりであるところ、当裁判所に顕著な如く、人事院は、昭和三五年から毎年五月一日からの国家公務員給与引上げに関する勧告をして来たが、政府は時期は勧告より遅らせたけれども、引上げ率についてはおおむね勧告どおり実施して来たこと、実施時期の遅れの点でも、それまで五か月であったものが、昭和三九年からは四か月に短縮されたものである。右のとおり、本件争議行為当時、人事院勧告が時期の点において完全に実施されるまでに至らない状況ではあったけれども、その較差は著しく大きいものということはできないので、これをもって公務員給与に関する人事院の勧告制度が公務員の勤務条件の維持増進という代償措置としての制度として、その本来の機能を喪失する状況にあり、控訴人らにその職務の公共性にもかかわらず争議行為が許される状況にあったものとは言い難いといわねばならない。

したがって、地方公務員の争議行為を一律に禁止し、これに違反した職員に対し身分上の責任を問うことは、憲法二八条に違反するものとはいえない。

なお、控訴人らは、公務員の労働基本権についての国際的動向としてILO(国際労働機関)の条約、決議、報告、国際人権規約等を挙げて、公務員の労働基本権ことに争議権の制限の不当であることを主張するが、右のうち我が国の批准している条約に公務員の争議権の制限を許さないものはなく、右によれば公務員の労働基本権を例外のあることはともかく原則的に保障しようという傾向にあることは認められるが、これをもって我が国の公務員の争議行為の禁止が憲法の前記条項に違反するということはできない。

ところで、公務員の争議行為禁止の理由として、(一)公務員の勤務条件は国会の制定する法律及び地方公共団体の議会の制定する条例によって定められ、またその給与が国又は地方公共団体の税収等の財源により国会又は議会の議決した予算によってまかなわれるという勤務条件法定主義及び財政民主々義の観点から、公務員には争議行為は許されないとする見解及び(二)私企業においては、使用者には争議行為に対し作業所閉鎖(ロックアウト)をもって対抗する手段があり、争議行為に対しても市場の抑制力が働くのに反し、公務員の場合はこのような機能が作用する余地がないので、公務員には争議行為が許されないとする見解がある。

しかしながら、(一)の見解については、そもそも労働基本権を含む憲法上の基本的人権は合理的な理由がない限り法令をもってこれを制限することは許されないものであるから、勤務条件法定主義及び財政民主々義の観点から公務員の労働基本権である争議行為を禁止することができるということは、労働基本権を法令によって如何なる制限もできるというに帰し、相当でなく、前記当裁判所の理由によっても憲法の定める労働基本権を認むべき公務員については、国会又は議会において立法上予算上経営主体に大幅な経営上の裁量権を認め、その勤労者に労働基本権を認める法令を制定すべきものといわなければならないし、憲法七三条四号、八三条もこれを禁止するものでないし、これらの条項を公務員の労働基本権の制限の根拠とするのは相当でない。

(二)の見解については、争議行為の許される私企業においても、法令によりロックアウトに制限があり、設立、料金決定等が行政庁の許認可にかかる公共的企業があるのであって、そのような私企業においては必ずしも市場の抑制力がそのまま妥当しないので、このことを労働基本権の制限の理由とするのは相当でない。」

二〇  同七七枚目裏八行目から七八枚目表五行目まで〔同26頁2段25行目~26頁3段9行目〕を次のとおり改める。

「三 控訴人らは、本件争議行為は、地公法三七条一項所定の争議行為に該当しない旨主張するけれども、同条項は地方公務員の争議行為を全面一律に禁止する趣旨のものとみるべきであるから、控訴人らの右主張は採用できない。」

二一  同七八枚目表九行目〔同26頁3段16行目〕の「当っては」の次に「公正であるべきこと(地公法二七条)、平等取扱いの原則(同法一三条)、不利益取扱いの禁止(同法五六条)を考慮して」を加える。

二二  同七八枚目裏八行目の「ところで、」から同八二枚目裏九行目まで〔同27頁1段14行目~27頁4段末行〕を次のとおり改める。

「右の観点から本件各懲戒処分の適否につき検討する。

(一)  目的

さきに認定したとおり地方公務員の給与は国家公務員のそれに準じて改善されて来たものであるところ、昭和四〇年までは国家公務員の給与の改善は必ずしも人事院の勧告どおり実施されない状態が続いていたため、本件争議行為は主として人事院勧告の完全実施の要求を目的として行われたものである。

公務員の給与の額が適正であることは公務員の労働基本権制約に不可欠な代償措置のうちの重要な要素になるものであり、しかも、人事院の勧告が、その改善のほとんど唯一の要因になるものであるから、右勧告が完全に実施されるかどうかにつき、公務員が重大な関心を寄せることは極めて当然のことといわねばならない。

したがって、人事院の勧告の完全実施の要求を主目的とする本件争議行為は目的、動機の点からみれば、違法性のさして高くないものであったということができる。

(二)  規模、態様、結果

(証拠略)を総合すると、本件争議行為は自治労の方針に副ったほぼ全国規模のものであったが、長崎県職員関係では地公法の適用を受ける一般職員約五一〇〇名、地公法の準用される単純労務職員約七五〇名のうち、一般職員約三九〇名、単純労務職員約九〇名合計約四八〇名が原則として始業時から一時間の本件争議行為に参加したことが認められる。

そして、(証拠略)に弁論の全趣旨をも併せると、県職組が、争議行為当日は本庁及び出先の総合庁舎所在地においては原則として職場集会を開くが、右集会を開く庁では地区労に要請してピケッティングを張り、特定の管理職員のみしか入庁させないという闘争方針を樹てたので、これを察知した当局は、混乱を避けるため、ピケッティングの予想される庁においては、当日出勤して来る職員を庁舎外の特定の場所に集合させ、管理職員の掌握下におくという対策を樹てていたが、すでに認定したとおり右方針どおりピケッティングが実施された庁が多かったため、ピケッティング要員との混乱は最小限度にとどまったが、本件争議行為に参加した約四八〇名の外、約一六〇〇名の職員が出勤時間から本来の勤務につくことができなかったことが認められ、そのため、争議行為への参加による直接の影響以上に県の行政の正常な運営への影響が大きかった点が注目さるべきである。

なお、前記のような状況下で、ピケッティングに対する当局の対応策を一概に非難することはできないものというべきである。

(三)  各控訴人らの本件争議行為への関与の程度

(1)  控訴人阿部國人外一二名の本部役員について

右控訴人らが被控訴人ら主張の地位にあったこと、右控訴人らによって構成される執行委員会が昭和四一年九月初旬決定した本件争議行為実施の執行部案が同年九月二〇日から二二日まで行われた第二四回大会に提案されて可決され、執行委員会は直ちに各支部、直属分会宛に右決定の内容を通知し、同時に投票用紙を送付して、組合員に批准投票をさせることを指令した外、右控訴人らは被控訴人ら主張の各懲戒事由掲記のとおり、本件争議行為への参加を呼びかける内容の機関紙「県職ながさき」を発行して組合員に配布し、或は各職場に赴いて争議行為への参加を呼びかける等の行為をしたことは当事者間に争いがなく(但し控訴人沢村壽三郎が被控訴人主張のとおりの呼びかけをしたことが認定できることは前記のとおりである。)、また、右控訴人らの大部分が被控訴人ら主張のとおりピケッティングに参加したことの認められることもすでに述べたとおりである。

右控訴人らの右のような所為は本件違法な争議行為の企て、遂行の共謀、そそのかし又はあおり行為に該当し、その推進、遂行に果した役割は、他の役員や一般組合員に比して高いものといわなければならない。

そして、その中でも、執行委員長として最高責任者の地位にあった控訴人阿部國人に対する停職三か月、書記長として県職組の業務全般を統括する地位にあった控訴人城戸智恵弘に対する停職一か月、傘下各支部中最大の組織である長崎支部長を兼ねていた控訴人林田正幸に対する減給一〇分の一、二か月の各処分及びピケッティングに参加しなかった者も含めてその余の右控訴人らに対する減給一〇分の一、一か月の各処分は、本件争議行為の目的、態様、影響の外右控訴人らの関与の程度を総合して考えると苛酷ということはできず、右処分をもって社会観念上著しく妥当を欠くものとまでいうことはできない。

(2)  本部役員を兼ねる二名を除く控訴人山中次郎作外三四名の支部役員について

イ 右控訴人らが被控訴人長崎県知事主張の支部役員であったこと、支部役員として本部の指令に基いて傘下組合員に本件争議行為のための批准投票をさせたこと、右控訴人らの中に同被控訴人主張のとおりビラや機関紙「県職ながさき」を配布し、或は各職場に赴いて口頭で本件争議行為への参加を呼びかけるなどの行為をした者があったこと、右控訴人らが職務を放棄して争議行為に参加したことは、当事者間に争いがない。

右控訴人らのうち控訴人中村正己、同田島紀男、同酒井獅子郎にはピケッティング参加の懲戒事由がなく、また、控訴人下崎茂敏、同本多利久、同渡辺シゲコ、同松尾隆藤がピケッティングに参加したことを認めるに足りる証拠がなく、その余の右控訴人らがピケッティングに参加した(但し控訴人井口元一については、同人が出勤のため通行する組合員に職場集会の場所を指示し誘導した。)ことは、いずれもさきに認定したとおりである。

そして、右控訴人らに対する懲戒の程度は、支部三役の地位にあった者が減給一〇分の一、一か月、支部執行委員の地位にあった者が戒告というものであったことも、当事者間に争いがない。

ロ 右控訴人らの所為中争議行為参加を除く所為は、違法な争議行為のそそのかし、あおり行為に該当するものであり、本件争議行為の推進に果たした役割は、本部役員に次いで大きいものといわなければならない。

ハ しかしながら、ピケッティングに参加したことの認め難い者のうち、控訴人本多利久、同松尾隆藤は支部三役のうちの副支部長の地位にあったものとはいえ、ピケッティング参加を除く懲戒事由だけで、本件争議行為の推進に果した役割が他の右支部執行委員に比して格段に高かったものとみるのは著しく合理性を欠くものといわなければならないのに、これらの者よりも重い減給処分というは苛酷に失するものといわざるを得ず、右控訴人らに対する処分は社会観念上著しく妥当を欠くものとして取消しを免れない。

ニ その余の右控訴人らの中には、ピケッティングに参加していない支部執行委員も存在するけれども、本件争議行為の目的、態様、影響等の外、支部役員として本件争議行為の推進に果した役割、本部役員や一般組合員に対する処分との比較等を総合勘案すれば、支部三役に対する減給処分はもちろん、懲戒の種類としては最低である戒告処分である支部執行委員に対する処分は、いずれも社会観念上著しく妥当を欠くものとまでいうことはできない。

(3)  控訴人荒木勝義外一二名の一般組合員について

イ 控訴人荒木勝義外六名の控訴人らが本庁在勤者であって、争議行為に参加したこと、その余の右控訴人らが、本庁以外の在勤者であったが、争議行為に参加した外、控訴人島尾保を除く五名はピケッティングに参加したこと、争議行為に参加した総職員数は約四八〇名であったことはすでに述べたとおりである。

ロ (人証略)によれば、一般組合員で単純な争議行為参加者については、本庁在勤者のみが戒告に付されたが、出先機関在勤者は訓告以下に止められたこと、右のように処分に差異の生じた理由は、当局が争議行為による影響を防止するにつき特に本庁を重視し、参加しないようにとの警告も、本庁に重点をおいて徹底させたのに、敢て右警告を無視して参加した点を重視したことにあったことが認められるところであり、被控訴人長崎県知事の右のような懲戒の方針を敢て異とするに足りないから、本庁在勤者である控訴人荒木勝義外六名に対する最も軽い戒告処分も、またピケッティングは本来争議行為に通常随伴するものではなく、本件においてはその影響を殊更大きくする原因になったものとみるべきであるから、本庁以外に在勤する一般組合員ではあったが、争議行為の外ピケッティングに参加した控訴人松尾俊彦外四名の控訴人らに対する最も軽い戒告処分も、いずれも社会観念上著しく妥当を欠く処分とまでいうことはできない。

ハ 控訴人島尾保がピケッティングに参加したことを認めるに足りる証拠がないことはすでに述べたとおりであるが、本庁以外に在勤する一般組合員であった右控訴人に対する処分が仮令最も軽い戒告であったとしても、前述の他の一般組合員に対する処分との平等取扱上著しく妥当を欠く処分として取消しを免れないものというべきである。」

以上のとおりであって、控訴人本多利久、同松尾隆藤、同島尾保の各請求は、認容すべきところ、これと異る原判決中の同控訴人らに関する部分は取り消すべきであるが、その余の控訴人ら請求を排斥した原判決は正当であって、同控訴人らの控訴は棄却すべく、行訴法七条、民訴法九六条、九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 矢頭直哉 裁判官 近藤敬夫 裁判官諸江田鶴雄は転官につき、署名押印することができない。裁判長裁判官 矢頭直哉)

【一審判決要旨】

第三 本件懲戒処分の処分理由

三 原告ら各自の具体的違法行為

5 以上右に認定した原告らの各行為のうち、本件争議行為を企て、又はその遂行を共謀し、そそのかし、若しくはあおった行為は、地公法三七条一項後段に、ピケッティングは同項前段にいずれも違反し、同法二九条一項一号に該当し、同盟罷業は、同法三七条一項前段、三二条(法令に従う義務)、三五条(職務専念義務)に違反し、同法二九条一項一、二号に該当することとなる。

第四 本件懲戒処分の適否

一 地公法三七条一項は憲法二八条に違反するか

1 地方公務員も自己の労務を提供することにより生活の資を得ている点において、一般の勤労者と異なるところはないのであるから、地方公務員も憲法二八条にいう勤労者にあたるものと解さなければならない。しかしながら、かく解したからといって、地方公務員の労働基本権が制限されえなくなるものではなく、他の憲法上の要請があれば、それが制限され、あるいは否定されることがあるのは認めなければならない。

2 ところで、憲法二八条の趣旨は、資本主義経済の高度に発達した現代社会の労使関係に契約自由の原則を無条件に適用し、勤務条件の決定を個々の勤労者と使用者との自由な契約に委ねるならば、その経済的基盤の差異等により、勤労者側に苛酷な契約内容となりがちである事実に着目し、勤労者に対する生存権の保障を実効あらしめるため、従来の自由権的基本権の範囲に属しない労働基本権を社会権的基本権として保障し、これにより勤労者を勤務条件決定過程その他において使用者と対等の立場に立たせようとするものである。したがって、労働基本権の保障は、勤労者と使用者との間の勤務条件決定手続において契約自由の原則が妥当する場合でなければ意味をなさないこととなるし、また、ここで窮極の目的とされているものは、勤労者の生存権であって労働基本権そのものではなく、この意味では、労働基本権は本来手段的な権利なのであるから、勤労者の生存権が他の何らかの手段により保障される場合には、代償措置が存することを理由の一つとしてその制限を肯定することも可能であると言わなければならない。

3(一) まず、非現業の国家公務員につき、その憲法上の地位の特殊性から、労働基本権が重大な制約を受けていることは、次に示すとおりである。

憲法八三条は「国の財政を処理する権限は、国会の議決に基づいて、これを行使しなければならない。」と定め、国の財政作用が国会のコントロールに服すべきことを規定しているが、これは、議会は元来国民が不当な負担を蒙ることを避けるため、国の財政作用を適切にコントロールしようとして生れた制度であることからすれば、当然の規定であると言うことができる。ところで、公務員の給与の財源は、国の財政とも関連して主として税収によって賄われるものであるところから、右の憲法上の要請により、その勤務条件の決定は、すべて政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮により適当に決定されなければならず、かつ、その決定は立法府における自由な論議を経てなされなければならない。そして、憲法七三条四号は、内閣の事務として「法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること」をあげ、更に国公法六三条一項は、公務員の給与は法律によって定められる給与準則に基づいて決定され、これに基づかずにはいかなる金銭又は有価物も支給してはならない旨定めている。このように、公務員の給与その他の勤務条件は、憲法八三条以下に規定する国の財政処理に関する基本原則からの要請により、私企業の場合のように労使間の自由な交渉に基づく合意によっては定められず、原則として、国民の代表者により構成される国会の制定した法律・予算によって定められることとなっているのである。そうであるとすれば、勤務条件が労使間の自由な交渉による合意で決定されることをその存在の前提とする勤労者の団体交渉権は、公務員に対しては憲法上当然に保障されているものとはいえず、団体交渉過程の一環として予定されている争議権もまた同様であると言わなければならない。けだし、右のような制度上の制約にもかかわらず公務員に争議権を認めるならば、使用者としての政府の権限外の事項についての回答を要求する結果ともなり、ひいては、立法府において民主的な討議を経て決定されるべき公務員の勤務条件決定過程に異質の圧力を加えることにもなり憲法の基本原則である議会制民主主義(憲法四一条、八三条等)に背馳し国会の議決権を侵す虞れすらなしとしないのである。

右の理は、地方公務員の労働基本権特に争議権の制限についても妥当する。すなわち、地方公務員の勤務条件が、法律及び地方公共団体の議会の制定する条例によって定められ、またその給与が地方公共団体の税収等の財源によってまかなわれるところから、専ら当該地方公共団体における政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮によって決定されるべきものである点において、地方公務員は国家公務員と同様の立場に置かれており、したがってこの場合には、私企業における労働者の場合のように団体交渉による労働条件の決定という方式が当然には妥当せず、団体交渉の裏付けとして機能すべき争議権も地方公務員に対しては憲法上当然に保障されているとはいえないこと、国家公務員の場合について説示したとおりである。

ところで、原告らは、公務員も憲法二八条にいう勤労者であるから、財政民主主義を理由に公務員の労働基本権を制限することはできず、逆に、財政民主主義の原則は、公務員の労働基本権を保障する方向で民主的統制が加えられるべきであり、また、財政についての国会の議決も、細目についてまでなされるわけではなく、細目は政府の裁量に任されるのであるから、この点につき労使間の団体交渉による決定を認めることは、財政に関する国会の議決権を侵害するものではない、と主張する。しかし、前者については、右主張を認めるならば、国の財政を処理する権限についての国会の議決権を侵害する結果となり、到底採用することはできないし、後者については、なるほどそのような制度を採用する余地はあろうが、それは憲法上保障された制度と解することはできない。けだし、たとい一般的基準の範囲内の事項であるとしても、そのような事項につき、労使間の合意による決定が憲法上保障されていると主張することは、その事項については国会に議決権はないというに帰し、前述した憲法上の原則に副わないと言わなければならないからである。

(二) また、一般私企業においては、使用者が労働者の過大な要求を受け入れた場合、使用者はそれを製品の価格に転嫁しなければならず、したがって賃上げには当然に市場の抑制力が働くこととなるが、公務員の勤務条件にはこのような抑制が働かず、争議権は適正な勤務条件を決定する機能を果すことができなくなるおそれがあることをも考慮しなければならない。

(三) また、公務員は、国民又は地方公共団体の住民全体の奉仕者としての特殊の地位を有し、国又は地方公共団体が国民又は住民に対して負担する公務の遂行を担当するものであって、このような公務員が争議行為に及ぶときは、直ちに公務の停廃を生じ、国民全体又は地方住民全体の共同利益に重大な影響を及ぼすか又はその虞れがあることも否定できない。

してみれば、地方公務員の労働基本権が地方公務員を含む地方住民全体ないし国民全体の公共利益のため、これと調和するように制限されることもやむをえないところである。

4 ところで、前項において述べたような公務員の労働基本権の保障と矛盾する種々の憲法上の要請があるとしても、その労働基本権は勤労者の生存権保障に由来する権利であることを考慮すれば、それだけでは公務員の労働基本権を制限することはできない。そのためには、労働基本権の保障に代わり公務員の生存権を実効あらしめるための代償措置が用意され、かつ、それが現実にその保障機能を発揮していることが憲法上の要請であると言わなければならないところ、本件争議行為は、いずれも代償措置たる人事院の勧告が政府によって完全に実施されないことを不満とし、その完全実施を主目標としてなされたものであることは前認定のとおりであるので、以下この点につき検討する。

国家公務員については、その身分、任免、服務、給与その他に関する勤務条件について、その利益を保障するような定めがなされていること、及び公務員による公正かつ妥当な勤務条件の享受を保障する手段としての人事院の存在とその職務権限とを労働基本権制限の合憲性を肯定する一理由としうるので、この点を地方公務員の場合についてみると、地公法上地方公務員にも国家公務員とほぼ同様な勤務条件に関する利益を保障する定めがなされている(地公法二四条ないし二六条など)ほか、人事院制度に対応するものとして、これと類似の性格を持ち、かつこれと同様の又はこれに近い職務権限を有する人事委員会又は公平委員会制度(同法七条ないし一二条)が設けられている。もっとも、このうち特に公平委員会は、その構成及び職務権限上、公務員の勤務条件に関する利益の保護のための制度として、人事院の場合ほど効果的な機能を実際に発揮しうるかどうかにつき問題がないわけではないが、いずれも第三者的な立場の委員を中心として地方公共団体とは別個の組織を有し(同法九条、一二条)、地方公務員の勤務条件に関する利益を保護するに必要な一応の権限を有しており(同法八条、二六条、四七条、五〇条)、これらの点において人事院制度と異なるところはなく、制度上、地方公務員の労働基本権制限の代償措置としての一般的要件を満たしているということができる。ところで、本件争議行為がなされた昭和四一年における公務員の給与に関する人事院勧告は、政府においてその実施時期等の点につき、勧告どおりには実施しなかったことは後記認定のとおりであるが、実施時期については、昭和四一年は五月一日の勧告を九月一日に、実施したものであるし、給与引上げ率については勧告どおり実施しているのであるから、代償措置としての人事院勧告及び人事委員会勧告がその本来の機能を喪失しているとは未だいい得ず、したがって、本件争議行為が人事院勧告の完全実施をその主目標としていたからといって、そのために本件争議行為が憲法上保障された労働基本権の行使であると解することもできない。

5 原告らは、また、主要資本主義諸国においては、公務員に対しても労働基本権を承認しつつあるとし、その根拠として国際労働機関(ILO)の条約、決議及び報告を援用する。たしかに、証人中山和久の証言によれば、公務員の労働基本権保障に関する世界的な潮流は、現在それが保障されているか否かはともかくとして、例外を認めることは当然の前提としつつも、原則的には、公務員に対しても争議権をも含めた労働基本権を保障してゆこうとするところにあることが認められる。

しかし、そのことと、わが憲法が公務員に対し、いかなる程度に労働基本権を保障しているかということとは、直接の関連を有するものではなく、仮に公務員中、職務内容の公共性の程度が低く、その争議行為が国民全体の公共利益にさほどの障害を与えないものについて争議行為を禁止することの当を得ないものがあるとすれば、それは国会自身が政治的、財政的、社会的その他諸般の合理的な配慮により立法をもって定めるべき労働政策の問題であると考えるのである。

6 以上のとおりであるから、地公法三七条一項において地方公務員の争議行為を禁止したとしても、地方住民全体ないしは国民全体の共同利益のためのやむを得ない措置として、憲法二八条に違反するものではないと言わなければならない。

二 地公法三七条一項は憲法九八条二項に違反するか

前述のとおり、公務員の労働基本権保障に関する世界的な傾向は、原則的には、公務員に対しても争議権をも含めた労働基本権を保障してゆこうとするところにあることは否定することができないけれども、これをもって確立された国際法規ということは到底できず、他に公務員にも争議権を保障すべしとの内容を有し、わが国がこれに拘束される条約は存しないのであるから、地公法三七条一項が憲法九八条二項に違反しないことは明らかである。

三 原告らは、本件争議行為は、地公法三七条一項によって禁止されない正当な組合活動であると主張する。しかし、その立論はいわゆる限定解釈論を前提にするものであると解されるところ、公務員に対する争議権禁止の主たる根拠は、前述のとおり、その勤務条件決定手続の特殊性にあるのであるから、その制限の法理は、法律又は条例によって勤務条件が決定されるすべての公務員のすべての争議行為につき一律に及ぶべきものであって、公務員の争議行為中、禁止されるものとそうでないものとの区別を認めることはできない。したがって、右のいわゆる限定解釈論を採用することはできず、原告らの主張はその前提において失当である。

四 本件懲戒処分は懲戒権の濫用であるか

地方公務員の争議行為に対する懲戒処分は、第一次的には任命権者の合理的な裁量に任せられているので、懲戒権者が争議行為禁止規定違反を理由として処分するに当っては、争議行為の規模、態様、その目的、原因、結果のほか当該公務員の争議行為への関与の程度、処分歴、処分が他の公務員及び社会に与える影響等広範囲な事情を総合して、争議行為の違法性の程度に均衡した処分を選択すべきであるから、裁判所が右処分の適否を審査するにあたっては、懲戒権者と同一の立場に立って懲戒処分をすべきであったかどうか又はいかなる処分をすべきであったかについて判断し、その結果と懲戒処分とを比較してその軽重を論ずべきものではなく、懲戒権者の裁量権の行使に基づく処分が社会観念上著しく妥当を欠き、裁量権を濫用したと認められる場合に限り違法であると判断すべきものと解さなければならない(最高裁第三小法廷昭和五二年一二月二〇日判決、民集三一巻七号一、一〇一頁参照)。ところで、前示のとおり、地公法三七条一項が地方公務員に対して争議行為を禁止している最も重要な根拠としては、財政民主主義にあらわれた議会制民主主義を挙げているのであり(国民に対する生活上の支障の防止との点は、立法府が立法に当り地方公務員を含む地方住民全体ないし国民全体の共同利益の擁護という見地から考慮すべき事情の一つとしているに過ぎない。)、地方公務員の職務に公共性があり、争議行為の国民に対する生活の支障を防止するとの立場は採用していないので、争議行為の違法性の程度といった情状は、その国民生活に対する影響がどの程度であったかという観点からではなく、争議行為の規模、態様等といった点を中心として決定すべきである。

右の見地に立って、以下本件懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠くものと認められるかどうかについて検討するに、たとえ同種又は類似の行為に対する処分であっても、処分の種類等を選択するに当っては、前挙示の如き多くの事情が総合的に考慮されるのであり、しかも、これらの事情のうち、どの事情にどの程度の比重をおいて処分の程度をきめるかといったこと(当該公務員の行為の前後における態度、当該公務員の勤務部局の所掌事務の範囲及び権限―中枢部局か出先部局か―等も右事情に含まれる。)、ある年度において、違法な争議行為の参加者の処分について、懲戒権者が厳罰をもって臨むかあるいは緩やかな処分にとどめるかの選択に当っては、社会情勢、各公共団体の労使関係等諸般の事情を考慮すべく、年度、公共団体が異なれば右各事情が異なってくるのは当然であり、このような事情をどのように評価するかといったことは、かかる事情に通暁した裁量権者の裁量にまかされているといわねばならない。

ところで、(証拠略)によれば、次のような事情が認められる。

本件争議行為は、日本労働組合総評議会・中立労働組合連絡会議の指導下に全国、全産業を対象として行われ、私企業の組合、国家公務員の職員団体はほとんど脱落したものの、争議行為参加者は全国で約五〇万人にのぼり、中でも日教組及び県職組の加盟している自治労は積極的に活動し、自治労の争議行為の規模は三〇数県、約二三〇市、約一九〇町村、勤務時間内職場大会参加者約二一万人であった。

県職組は、(一)原則として全職場で一時間の同盟罷業を行う、(二)本庁及び総合庁舎においては一時間の職場大会を開催する、(三)職場大会を開催するところでは支援労組員らにピケッティングを求める、(四)全職場とも管理職員は入庁させ守衛等は保安要員として争議行為の対象から除外する、等の実施要綱に基づいて本件争議行為に臨み、その結果、本庁はじめ主要な事業場で参加者が少数であったため職場大会を開催することができなかったものの、地公法の適用を受ける一般職員約五、一〇〇名(うち組合員約三、八〇〇名)及び地方公営企業労働関係法の準用を受ける単純労務職員約七五〇名(うち組合員約七三〇名)のうち、一般職員約三九〇名、単純労務職員約九〇名合計約四八〇名の県職員が本件争議行為に参加し、県職組の一一支部のうち対馬支部を除く一〇支部において同盟罷業が行われ、二七の県行政機関においてピケッティングが行われた。

県当局は、本件争議行為当日は各事業場で県職組員によるピケッティングがなされることが予想されたため、無用の摩擦を避け、また、争議行為参加者とそうでない者との区別を明確にさせるため、予め各部局毎に庁舎外の特定の場所に職員を集合させ所定の時刻までに集合した者については出勤扱いとしたこともあって約一、六〇〇名の職員が結果的にはピケッティングにより入所を阻止された形となった。

以上認定したとおり、本件争議行為の態様は約四八〇名の職員による早期始業時より一時間の同盟罷業ではあるものの、主要事業場ではピケッティングがなされたため一般職に属する県職員の三分の一以上の約二、〇〇〇名が就労できなかったこととなり、具体的な問題は生じなかったものの大多数の公共性を有する県の行政機関において業務の遅滞・混乱が生じたことは容易に推認できるところである。ただ一方、本件争議行為の主目的が第一に人事院勧告の実施時期の完全実施であり、第二に地方財源の確保であったことは前認定のとおりであり、目的の点からみる限りその正当性を是認せざるを得ないが、人事院勧告が完全に実施されないといっても、人事院勧告では五月一日実施とされていたものが九月一日実施とされたにとどまり、俸給表の改訂は勧告どおり実施されることが政府によって決定されていた(……)ことも考慮しなければならない。

1 原告阿部國人は停職三月、同寺本勝、同城戸智恵弘はいずれも停職一月の各懲戒処分を受けているが、前認定のとおり原告阿部國人は県職組の最高責任者である執行委員長、同城戸智恵弘は県職組書記長、同寺本勝は同特別執行委員として本件争議行為を実行に導き、原告阿部國人、同城戸智恵弘は積極的に争議行為にも参加した。

2 原告林田正幸他二七名

右原告らは、一月又は二月間俸給月額一〇分の一の減給処分を受けているが、前認定のとおり右原告らの一部は県職組本部役員として本件争議行為を実行に導き、更に積極的に争議行為に参加し、他の者は県職組支部役員として本件争議行為の遂行をそそのかし、あおり、更に積極的に争議行為に参加したものである。

3 原告中村正己他三二名

右原告らはいずれも戒告処分を受けているが、前認定のとおり右原告らのうち一部の者は県職組支部役員として本件争議行為の遂行をそそのかし、あおり、更にピケッティングをし、あるいは同盟罷業をするなどして積極的に争議行為に参加し、他の者は県職組一般組合員として同盟罷業をし、あるいはピケッティングをする等して本件争議行為に参加したものである。

以上右に認定したような各原告の本件争議行為関与の程度及び本件争議行為の規模、態様等諸般の事情を考慮すれば、本件争議行為発生の主原因が政府による人事院勧告の不完全実施にあり、その完全実施を求めてなされた本件争議行為の目的の正当性を考慮し、また、一部の者については被告が処分理由として主張する事実の一部が認められないことを勘案しても、本件懲戒処分が社会観念上著しく妥当を欠くものとまではいえず、右処分が懲戒権者に委ねられた裁量権の範囲を越え、これを濫用したものとは未だ認め難い。

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